これまで学者や研究者は、サマナたちが主宰する思想的、政治的ときには経済的活動を「宗教」ととらえて、仏「教」とかアージーヴィカ「教」などといいならわわし、その結社を「教団」と称してきたが、それでは承りたい。たとえば、仏「教」のブッダもだが、ジャイナ「教」の「開祖」マハーヴィーラは、
いったいいかなる神を奉じ、いかなる教義を説いたのか?
彼はさまざまな思想をミックスして、弟子や支持者に独特の職業と生活態様を強いてはいるが、なんら創造的な業績を残していない。では、はたして彼は何者だったのか?
マーケッターだった。それも世界初の、不世出のマーケッターだった。マーケティングとは、近代資本主義における商品開発や販売促進に関する技法をいうが、古代インドの商業資本主義のもとで彼が展開した活動もまたマーケティングそのものである。マハーヴィーラの結社は、ひところは仏教教団に拮抗する勢威を示し、仏教滅亡の後もしぶとく生き残ることに成功している。その成功の秘密は、以下のような政策にあった。
1.ターゲットの徹底的なしぼり込み
『ウヴァーサカ・ダサーオー』によると、彼は支持者にたいして15種の職業に従事することを禁じた。薪炭業、林業、運送業、サラリーマン、農業、象牙商、漆商、調味料商、毒物商、毛髪商、圧搾業、屠殺業、焼畑農、治水業、風俗業がそれであり、かつきびしく旅行を禁じた。となると商人、それも移動をしない、在地商人として生きる道しか残されていない。つまりは、最初から在地のヴァイシャ商人に照準して、その組織化をはかったのである。
2.単純で明快なコンセプトの設定
マハーヴィーラの修道論は「自制によって新しい業や悪をつくらないようにし、苦行によって古い業や悪を滅する」という単純なものである。表現においても、知的レベルの低いヴァイシャを意識した平易な言葉をつかい、苦行についても、新たに漏入停止の効果を加えて、機能を多角化するなどの工夫もこらしている。それは、「悟り」などというあいまいで、努力の方向性が不明確なコンセプトを設定したブッダとは大違いである。
3.既成の権威をフルに活用した営業活動
バラモンの権威にたいして真っ向から逆らうのではなく、すでに社会常識となってしまっていた輪廻思想を前提しながら、円滑な市場への浸透をは
かっている。苦行そのものが古くから原住民になじんできた行法であり、しかも支持者にたいしてはそれほど過酷な修行を要求したわけではない。要するに、アマにはせいぜい業や悪の付着を防止する程度にとどめ、プロにたいしてのみそれを絶滅することを求めているからである。(この項つづく)