いまは法名(戒名)のランクのひとつになっている居士(ガハバティ)とは、元来一家を主宰する「家長」の意で、都市に住むガハバティの多くは商業に従事していた。そんな都市商人をヴァニンという。
商人は隊商を組んで都市間の交易をおこない、商船を仕立てて海洋貿易にも乗り出していた。ブッダとサマナたちが隊商から衣食を供されながら、
シュラーヴァスティーとラージャグリハの間を往来したと伝える経典もある。(『ディヴァ=アヴァーナ』)こうして財をなした大富豪をセッティと呼ぶが、彼らがブッダの主たるスポンサーだった。
そんなセッティのひとり、シュラーヴァスティーのスダッタがブッダにジェータバナ・ヴィハーラ(祇園精舎)を寄進しようとした。その用地取得のためにプラセーナジト王の太子ジェータの土地を売り渡すように求めたとき、ジェータがその土地一面に敷きつめるだけの黄金を要求したところ、スダッタは即座にそれを運ばせようとした。当時の南岸の都市には、そんな莫大な富と不屈の気概をもつあまたの大商人が割拠していたのである。
都市の商人たちはサンガというギルド(同業組合)をつくっていたが、サンガとは「集まり」を意味し、共和国もまたサンガと呼ばれていた。後にブッダはみずからの学派を組織して同様にサンガと称したが、仏教学のテキストでは、それは共和国に範をとったとしている。しかし、ブッダは商人のサンガに倣ってそれを組織したのである。
というのは、ブッダのサンガやギルドの場合、構成員はみずからの意思にもとづいて加入してくるが、共和国のサンガでは個人の意思とは無関係かつ自生的に構成員に組み込まれてしまう。また、共和国では男女や長幼の別なく構成員たりうるが、サンガやギルドでは加入に際して資格が問われ、少なくとも出家しているとか、商人であることが条件となる。加えて、共和国の構成員のあいだには歴然たる支配、被支配の関係が存在するが、サンガやギルドの構成員の場合、身分において平等であり、加入年次や年齢による区別はあっても、そこに支配・被支配の関係は存在しない。決定的には、共和国では身分の上下や貧富の差に応じて構成員の生活や行動にさまざまな違いが生じるが、サンガやギルドの内部では構成員のすべてが行動様式や生活態様を共有している。
時期を同じくして登場したサマナの多くが、そんな商人たちのコンサルタントやイデオローグとなった。だから、彼らの思想には、その背後の商人の商業活動や市場行動から生み出された倫理観や世界観が色濃く反映されている。だから、彼らの思想の違いは、その背後に控える商人の種類や階層の違いであるともいえる。そして、都市間の遠隔交易に活躍したヴァニンたちの理論的支柱となったのが、出自を同じくするブッダだったのである。